量子コンピュータの展望
以下、2020年現在の状況と偏見に基づいて書きましたので、内容が的確かどうかわかりませんがご容赦下さい。
量子超越とは、量子コンピュータが従来の古典コンピュータよりも高速であることをいいます。
これは単に量子コンピュータが古典コンピュータよりも計算速度が速いという意味ではなく、問題のサイズNに対して指数的に計算時間がかかる問題を、Nの多項式時間で解くことができることを目標にしています。
2019年10月23日に米google社が、自社開発した量子コンピュータにより、量子超越を実現したことを発表しました。53量子ビットを搭載したSycamoreと呼ばれるチップでランダムな量子回路を実行してビット列をサンプリングし、十分な正確さでサンプリングできていることを検証したそうです。この量子コンピュータで200秒かかったタスクが、スーパーコンピュータであれば1万年かかると結論付けています。これに対して反論はあるが、量子力学の原理で動作するコンピュータが、指数関数的に時間がかかるタスクをスーパーコンピュータよりも早く実行できたということは大きな成果かと思います。
但し、残念ながら現状では実用的なビット数を持ち、完全な誤り訂正が可能な量子コンピュータが数年のうちに実現できるとは考えにくいようです。このような状況で、プレスキル氏が「NISQ時代とその先のコンピュータ」という方向性を打ち出しました。 [J.Preskill, 2018] NISQとはNoisy Intermediate-Scale Quantum Technologyの略で、多少のノイズを含む中規模の量子技術を指します。プレスキルは大規模な量子コンピュータが実現するこの先10年程度まではNISQが主役になると主張しています。 完全な解が得られなくても、古典コンピュータでは実用的な時間で解けない問題を解くことができれば、様々な実用的な問題に役立つことができる可能性があるということです。
従って、量子コンピュータと言えるかどうかという疑問はありますが、商用化されている量子アニーリング型コンピュータの実用化が進めば、現時点でのベストな選択かと思われます。誤り訂正NISQコンピュータの実用化は近いと考えられますので、今後の数年から10年程度は主役となり、その後に誤り耐性のある大規模な量子ビット数を持つ完全な量子コンピュータに移り変わるのではないかと考えられます。
量子コンピュータが実用化されると、古典コンピュータでは実用的な時間で決して解くことができないような問題(パラメータが多くなると指数的に時間がかかるような最適化問題など)を解くことができると言われています。
ディープラーニングを中心とするAI技術、新機能材料の開発、分子設計への応用による高機能な触媒や薬の開発、セキュリティ分野や仮想通貨など、様々な分野への応用が考えられています。
他にも特に地球温暖化などの環境問題やエネルギー問題への貢献が最も期待されるかと思います。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)低炭素社会戦略センターによると、IT関連の消費電力は下表のように膨大な伸びが予測されています。
現在の世界の消費電力が約24,000TWh であり、IT関連の消費電力は全体の5%程度であるが、このままいくと2030年にはIT関連の消費電力だけで、現在の全消費電力の2倍程度にまで上昇してしまうことになります。このまま従来の化石燃料に依存したエネルギー消費を続けていくと地球温暖化を加速してしまうことになりかねません。低電力で古典コンピュータの能力を超える量子コンピュータが実用化され、膨大な消費電力の伸びを抑制することができれば、実用化の意義は非常に大きいといえるでしょう。
一方、ネガティブな見方になってしまいますが、メリットだけではなく、負の側面も考慮しておく必要があるかと思います。
現在のスーパーコンピュータでも計算に天文学的な時間がかかる問題を解くことができる計算機の存在が、人類にとって本当に幸福をもたらすのかどうかというという問題があります。
例えば桁の大きい素因数分解を多項式時間を解くことが可能であると言われているShorのアルゴリズムが、もし近い未来に量子コンピュータで動作することになれば、現在も取引に一般的に用いられている公開鍵暗号方式が成り立たなくなり、経済に混乱を起こす可能性があります。またAIの進化が加速化することで人類に予測不可能な影響を及ぼす可能性も否定できないのではないかと思われます。
現在、量子コンピュータの実用化はまだ10年後とも、数十年後とも言われているが、2019年10月にGoogleの量子コンピュータが量子超越性を達成したとの報道もあり、実用化が早まる可能性もあります。
一部の国や研究機関、企業が、量子コンピュータの技術を独占することで、情報の独占化が進む可能性もあり、経済的な格差がさらに進む可能性もあるのではないでしょうか。実用化に当たっては、世界の国々が連携して、環境面、経済面などに対する正の側面と、負の側面の両方について検討し、十分な議論を経た上で、普及を進めるべきであると思います。